北欧文学デー:イベントレポート

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北欧文学デー:2日間で味わう北欧の文学、「こどもの本」と「ミステリー」の世界

8月30日(土)と31日(日)の2日間、北欧パビリオンで「北欧文学デー」が開催されました。児童文学からミステリーまで、北欧が誇る豊かな文学の世界を紹介するプログラムに、会場は両日とも満員御礼。来場者からは「絵本の見方が変わった」「北欧ミステリーをもっと読みたくなった」といった声が多く聞かれました。

Day 1:北欧こどもの本の世界

開会と基調講演

初日は「北欧こどもの本の世界」がテーマ。冒頭、北欧閣僚理事会事務総長補佐のイーダ・ヘイマン・ラーセン氏が開会挨拶を行い、文学を通じた文化交流の意義を強調しました。

続く基調講演では、ストックホルム大学のエリナ・ドルーケル教授が「アストリッド・リンドグレーンとトーベ・ヤンソンの遺産」をテーマに登壇。名作を生んだ北欧児童文学の背景にある戦争や社会的困難を解説しながら、子どもを「未熟な存在」としてではなく、一人ひとりを対等な人格として尊重する北欧文化に触れました。児童文学だからといって子どもを子ども扱いするのではなく、社会課題や人間の複雑さを正面から描き伝える姿勢こそが、北欧の児童文学の大きな特徴であると語りました。

子どもの本をめぐる対話

「子ども向けの本の書き方とは?」と題したパネルでは、リーセン・アドボーゲ氏(スウェーデン児童文学作家・イラストレーター)、宮田=ジャンシ真理子氏(ノルウェー児童文学作家・ダンサー) 、菱木晃子氏(スウェーデン児童文学翻訳家・作家) が登壇。国ごとの視点や文化の違いを交えながら、子どもの心に届く物語とは何かが議論されました。

さらにイェンニュ・ルカンデル氏(フィンランド)やエンマ・アドボーゲ氏(スウェーデン)による「絵本の挿絵」をテーマにしたセッションでは、ビジュアル表現が作品にどのような命を吹き込むかを紹介。無口な子どもだったため、昔から絵を描くことが自分の気持ちを伝える手段だったと話す2人の背景も印象的でした。

来場者を交えたワークショップと朗読会

午後には、スウェーデンの人気絵本作家・イラストレーターであるエンマ&リーセン・アドボーゲ姉妹によるワークショップ「もし人間がいなければ、きみは何になりたい?」が開催されました。代表作『けがをした日(Såret /The Wound) 』『Fulan』などで知られる彼女たちは、日常の風景や社会の影をユーモラスかつシリアスに描き出す作風で注目されています。ワークショップでは子どもから大人までが自由な発想を解き放ち、思い思いの“自分がなりたい存在”を表現することで、会場全体が創造力にあふれる時間となりました。

その後、『ムーミン谷の仲間たち』から「目に見えない子」の朗読が行われました。この物語は、悪意ある言葉を浴び続けたことで姿が見えなくなってしまった少女ニンニが、ムーミン一家との温かな交流の中で少しずつ存在感を取り戻し、最後には笑顔と共に顔を見せるようになるというお話です。人との関わりの大切さや優しさの力を描いた物語に、会場は温かな空気に包まれました。作者のトーベ・ヤンソンの話や、スウェーデン語およびフィンランド語でのムーミンキャラクターの紹介も交え、子どもたちの笑顔も光る時間となりました。

続いて、ノルウェーの作家でありダンサーでもある宮田=ジャンシ真理子氏が登場。彼女の作品『みえこは踊る(Mieko Dansar)』の朗読会は、音楽とダンスを融合させたパフォーマンスで、観客までが自然に体を揺らし始めるほどの高揚感に包まれました。『みえこは踊る(Mieko Dansar)』は多様性や自分らしくいることの大切さを、ユーモアを交えながら伝える作品で、日本語未訳の為ほとんどの来場者が話を全く知らない中でも、ストーリーに引き込まれる様子が印象的でした。

ポップアップステージでのユニークなコラボレーション

また会場外のポップアップステージでもユニークなプログラムが展開されました。スウェーデンの作家アーロン・ランダール氏による絵本『みんなだれかのえさになる(Everyone Eats Everyone)』の朗読は、竹内理恵氏(クラリネット)とギデオン・ジュークス氏(チューバ)によるデュオ Music for Isolation の生演奏と共に披露され、ブラックユーモアと音楽のコラボレーションが観客を惹き込みました。さらに、『長くつ下のピッピ』は浪曲として上演。語り手の真山隼人氏と三味線の沢村さくら氏による迫力ある掛け合いで、誰もが知る児童文学の名作が日本の伝統芸能と融合し、会場に大きな拍手をもたらしました。

Day 2:北欧ミステリーの世界

2日目のテーマは「北欧ミステリーの世界」。開会にあたり、スウェーデン大使館のヨハンナ・リンドクイスト氏が挨拶を行いました。自身も熱心な Nordic Noir のファンであるリンドクイスト氏は、日本と北欧の双方で愛される文学ジャンルについて語り合えることへの喜びを伝え、来場者に大きな期待を抱かせました。

北欧ミステリーとは?

最初のパネルディスカッション「北欧ミステリーとは?」には、文芸評論家の杉江松恋氏と、アイスランドを代表する推理作家ラグナル・ヨナソン氏が登壇。ヨナソン氏は“ダークで重厚な雰囲気と社会批評を織り交ぜた物語”で知られ、ベストセラー『闇という名の娘 THE DARKNESS 』や『雪盲 SNOW BLIND』や『喪われた少女』で世界的に名を馳せています。討論では、ミステリーを通じて現代社会を照射する北欧独自の文脈や、作品が国際的に受け入れられる理由が熱く語られました。

北欧から来日した人気作家との対談

続く作家紹介では、ヨナソン氏に加え、スウェーデンの作家トーヴェ・アルステルダール氏、そして日本を代表する推理作家・有栖川有栖氏が登場。アルステルダール氏は『忘れたとは言わせない』や国際的に高い評価を得たスウェーデン北部を舞台にした三部作などで知られ、社会性と心理描写を兼ね備えた作風が特徴です。有栖川氏は「火村英生シリーズ」などで日本の本格ミステリー界を牽引してきた存在。互いの朗読やインタビューを通じ、国境を越えて通じ合う“物語の力”が浮かび上がりました。

フィンランドのレーナ・レヘトライネン氏は、女性探偵マリア・カッリオを主人公としたシリーズで知られ、社会問題を鋭く取り込んだ物語で多くの読者を魅了しています。ノルウェーのヨルン・リーエル・ホルスト氏は、元刑事という経歴を活かし、「警部ヴィスティング」シリーズでリアルな警察小説を描いてきました。さらにアイスランドのイルサ・シグルザルドッティル氏は、エンジニア時代に処女作を書き上げたという経歴の持ち主で、ホラーやサスペンスの要素を巧みに取り入れた独創的な作風で国際的に高い評価を受けています。

インタビューではそれぞれが創作の背景や、なぜミステリーという形式を選んだのかを語り、文学と社会の関わりについて考えさせられるひとときとなりました。北欧ミステリーの幅広さと奥深さが一層浮かび上がり、聴衆はその多層的な魅力に引き込まれていきました。

日本と北欧の比較

パネル「日本と北欧のミステリー小説:類似点と相違点」では、有栖川氏とアルステルダール氏が登壇。日本の“論理と謎解き”の伝統と、北欧が持つ“社会批評と人間性”へのアプローチを比較しながら、両者が互いに影響を与え合う可能性について語りました。

社会を描くミステリー

最後のパネル「推理小説という方法で社会を描く」では、レヘトライネン氏、ホルスト氏、シグルザルドッティル氏が再登壇。犯罪や謎解きは単なる娯楽にとどまらず、ジェンダー平等、環境問題、移民や治安といった社会的課題を読者に問いかける手段であることが強調されました。

北欧ミステリーの核にある「人間と社会を直視する姿勢」が浮かび上がり、日本の作家との対話によってその豊かさと普遍性が一層際立ちました。ミステリー愛好家だけでなく多くの学生も参加した北欧文学デー2日目「北欧ミステリーの世界」は、来場者それぞれの「読みたい作品リスト」に新たな一冊を加えるきっかけとなり、本を手に取りたくなる余韻を残す一日となりました。

「北欧文学デー」は、児童文学とミステリーという異なるジャンルを通じて、北欧文学の多様性と奥深さを体感できる2日間となりました。 初日は、子どもを一人の人格として尊重し、社会課題を正面から描く北欧の児童文学の魅力が紹介され、絵本や朗読、ワークショップを通じて大人も子どもも楽しみながら学ぶ時間となりました。 2日目は、社会批評性とサスペンスを融合させた北欧ミステリーの真髄に迫り、日本の作家との対話も交えながら、国境を越えて共有される“物語の力”が強く感じられる一日となりました。